【第一章 君主二人 】

  • 01. 紅の砂漠(1)
    「続きやるかい、兄ちゃん」 「お前に勝てばあそこから駆けてくる一団にお帰り願えるというならやってもいい」 「それはできない相談だ」 「なら、無駄な体力を使う気はない」 「そりゃ残念」
  • 02. エルフリート聖典 イーリヒト記 終章
     イーリヒトの髪の毛はたちまち光を失って黒くなり、瞳は暗闇を映し、肌は夜を纏ったようになった。エルフリートはイーリヒトに死ぬことを許さず、苦しみをお与えになり続けた。イーリヒトに子供が生まれると、ようやくイーリヒトは死ぬことを許されたが、イーリヒトに与えた闇は子供に受け継がれ、呪いは途切れることがなかった。
  • 03. 鬼畜誘導
     大陸暦二〇一二年七月八日、第八期アルハイム帝国第十七代皇帝ユーベル・エルラント...
  • 04. 紅の砂漠(2)
    「イーリヒト……」  ラングはようやく合点が行って苦笑した。今の前転のおかげでフードが脱げたのだ。混じりけのない黒髪に黒い瞳、日に焼けたという水準をはるかに越えて黒い肌。盗賊たちの目には異形のものに対する戸惑いが浮かんでいた。
  • 05. 七月十二日 クーダム・ツァイト紙 一面より抜粋
     クルツリンガー伯爵ヴェスト執政長官は昨日、リティヒ、クロイツベルグ、デッセンの三市国が南西地方各市国に派遣された勅使に対し参騎派遣を承諾する旨を回答したと発表した。
  • 06. 紅の砂漠(3)
     女剣士の左手が舞うように宙を一閃した。その軌跡が、燐光のように淡く光る。大気が、一瞬光ったように見えた。それが、女剣士の殺気だと気づくのにしばしの時間を要した。一瞬に、爆発するような殺気。まるで獣のようだとラングは思った。
  • 07. 紅の砂漠(4)
    「ジャンフェン人であろうとなかろうと、結局お前に拘束されるわけではないんだろ? もうそれでよかろう。いい加減に名前を教えてくれてもいいんじゃないか?」  ラングはため息をついた。剣を鞘に収めると、外套の前を合わせ直す。 「……負けたよ。ヴァーユとやらの話、信じよう。さっきの件も改めて礼を言うよ。俺はラング。マーセル・ラングだ」
  • 08. 七月十三日 フォルクス・ファブリーク紙 コラム
     昨日クーダムに戻った勅使からもたらされた報によると、リティヒ、クロイツベルグ、デッセンの三市国が参騎派遣に承諾したという。これでこれまでに承諾の旨を伝えてきた四市国と合わせ、計七市国がクーダム朝に味方したことになる。  さて、これによる政治的なパワーゲームの行方に関する論議は他紙に譲るとして、当コラムでは引き続き参騎の人物像にスポットを当てて行きたい。
  • 09. 登城
     クーダムの中心には雄大な河が流れている。ツェーレンドルフ川、またの名を「神の涙...
  • 10. 謁見
    「――参騎諸君」  低いが、神経質そうな声が広間を震わせた。 「大陸各地からの長旅、ご苦労であった。遠路クーダムまで参じた忠誠心に、陛下に代わって深く感謝する」
  • 11. 伝説
    「で、どうなんだリティヒのは」 「うーん……」  タッシェンは口ごもった。 「まあ、アレだ。一言で言うとだな、伝説のアレだよ」
  • 12. 参騎配属検討会議
    「じゃあ、近衛は誰をとるんだ?」  申請書を卓の中央に投げ、ニルスは胸を張った。 「俺はリティヒの参騎をもらうぞ。えーと、ラングっつったか」
  • 13. 晩餐会
    「僕が初めて公式な舞踏会で踊ったのもこの曲でした」  父と叔父に焚きつけられ、ザイネシュタット伯爵令嬢にダンスを申し込まされた。当時から派手嫌い、舞踏会嫌いで通っていた彼女が、快く承諾してくれたことに舞い上がり、必死でステップを踏んだ。
  • 14. 試合
    「アホか。そんなことを教えさせるためにこいつをお前に付けたんじゃないぞ」  ミハエルが顔を上げると、その口元にゆっくりと悪戯っぽい笑みが広がっていった。 「……じゃあ、新人教育係らしく、ラングの剣術のレベルでもテストしましょうか?」
  • 15. ゼーマクラインの示達
    以下に示す根拠より、リティヒ参騎マーセル・ラングはイーリヒトとは認められない。
  • 16. 賢者の花
    「もし――」  ミハエルの形の良い唇がわずかに動いて、そして言いかけた内容を忘れてしまったように動きを止めた。だが、ラングにはその続きは聞かなくとも分かった。ラングも同じことを考えていたからだ。  ――もし、現在の皇家が『白い花』を持った英雄で、その後日談があるとしたら。