04. 紅の砂漠(2)

 馬に乗る盗賊よりも、ラングのほうが接近戦での俊敏さでは上回っていた。一息に距離を詰めると馬の足をなぎ払い、騎手が体制を崩したところに飛び掛る。一瞬のうちに一人が血祭りにあげられて、盗賊たちは驚愕で動きを止めたが、すぐに体制を立て直して斬りかかってきた。二人目の脇を駆け抜ける駄賃に後ろ手に斬りつけるが傷は浅く、相手に剣を手放させることはできなかった。
 どちらにせよ三十騎全てを倒すなど到底不可能である。頭目を殺すなりして戦意喪失してもらうしかない。頭目の方へ踏み込もうとした瞬間、頭上から敵が飛び掛ってくる気配を感じ、ラングは前方に飛び退いた。ザッ、と敵の剣が砂に沈む音が耳を掠めた。勢い余って転がった自分の身体を第二撃に備えてすばやく立て直すが、敵の次の動きは予想に反して遅かった。
「イーリヒト……」
 どこからともなく漏れたつぶやきに、ラングはようやく合点が行って苦笑した。今の前転のおかげでフードが脱げたのだ。混じりけのない黒髪に黒い瞳、日に焼けたという水準をはるかに越えて黒い肌。盗賊たちの目には異形のものに対する戸惑いが浮かんでいた。
「……だとしたらどうする? お前たちを残らず滅ぼし尽くすぞ」
 言いながら、頭目へ飛び掛る。頭目を守るべき側近たちもラングの容姿への驚きから対応が遅れた。ラングの剣は真っ直ぐに頭目へと伸びた。
「笑止」
 キン、という金属音がしてラングの剣は頭目に届く直前で遮られた。頭目はラングの容姿に動じた様子もなく、馬鹿にしたような笑いを浮かべて刀を眼前に構えていた。近くで見るとラングよりもまだ数歳年下に見える。そのうえ、黙っていれば盗賊とは思えない品のある顔立ちをしている。
 ラングは頭目の刃を跳ね返す反動で後ろに飛び退いた。顔を上げると、視界の隅には頭目の冷静さを見て自分を取り戻した盗賊たちが四方から一斉に斬りかかってくる様子が映っていた。
 やるならやればいいさ。ラングは一人ごちた。この俺を、光奪われしイーリヒトを、殺せるというならやってくれ。
 盗賊の刃に反射する太陽の光を最後に、ラングは目を閉じた。
 響き渡る金属音、人間の器官の破壊される鈍い音、飛び散る体液の匂い。

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