08. 七月十三日 フォルクス・ファブリーク紙 コラム

「参騎研究 ファイル3」

 昨日クーダムに戻った勅使からもたらされた報によると、リティヒ、クロイツベルグ、デッセンの三市国が参騎派遣に承諾したという。これでこれまでに承諾の旨を伝えてきた四市国と合わせ、計七市国がクーダム朝に味方したことになる。
 さて、これによる政治的なパワーゲームの行方に関する論議は他紙に譲るとして、当コラムでは引き続き参騎の人物像にスポットを当てて行きたい。

■マーセル・ラング(リティヒ)
 リティヒの参騎はリティヒ代候テーゲルが候館で養っている青年マーセル・ラングとみられている。
 この無名の青年が、今回大陸中の参騎のうち最も物議を醸す存在になるであろうことは間違いない。何を隠そう、この青年、イーリヒトなのである。
 話は十数年前に遡る。当時まだジャンフェンとの休戦協定は有効で、クーダムはジャンフェンとの貿易港として、またジャンフェン文化の最先端を手に入れられる文化の発信地として栄えていた。貴族の間では丁度や服装にジャンフェン風の意匠を取り入れることが流行し、使用人にジャンフェン人の少年を登用することもたびたびあった。さらには、それらの人々は、側仕えとして雇った年端もいかぬ少年の、冷たい風の香り漂う美しさを品評しあうのが品のいい趣味とされたのである。
 そんな時、珍しくもリティヒ代候のテーゲル男爵がクーダムにあるリティヒ候の館を訪れ、その歓迎を兼ねてリティヒ候は当時のクーダム候やその他の貴族を招きパーティーを催した。その席でテーゲル卿は「近頃候館で面白い少年を飼っている」と言ったという。ジャンフェン趣味に夢中になっていた他の貴族たちが興味を持ち、どのような少年か尋ねたところ、その少年はジャンフェン人ではなく、にもかかわらずまるでジャンフェン人のような容姿をしている。ただし、すべてのジャンフェン人が例外なく彼らの国を覆い尽くす雪原のような白い肌をしているのに対し、その少年の肌は夜の闇から生まれたかのような色をしている、とテーゲル卿は答えた。
 当時の貴族たちは珍しいとうらやましがっただけだそうだ。彼らは気づかなかったのであろうか。ジャンフェン人の容姿の特徴、黒髪、黒目、白い肌から白い肌を抜いて黒い肌を加えると、これはまさにエルフリート聖典に記述された光り奪われし者、神呪の子、イーリヒトの特徴そのものではないか。

 "イーリヒトの髪の毛はたちまち光を失って黒くなり、瞳は暗闇を映し、肌は夜を纏ったようになった。"

 もう読者諸君も御察しの通り、このイーリヒトこそが今回のリティヒの参騎、マーセル・ラングである。
 イーリヒトの現れるところには必ず滅びがある。好奇心で身柄を引き受けたテーゲル卿がさすがにもてあまして手放したくなったところへちょうど参騎召集がかかったというわけである。
 リティヒもとんだ有難迷惑をクーダムに献上してくれたものである。マーセル・ラング、彼がどのような化け物なのか分からない。リティヒの人間は彼について語りたがらず、気まり悪げに眼を伏せるか、言葉少なに立ち去ってしまうからだ。
 折しもエリジアン生誕祭を間近に控えるこの時期である。彼がクーダムに足を踏み入れる前にゼーマクラインの「神の手」が振り下ろされるのを祈るばかりだ。

(中略)

■グレイ・リポック(デッセン)
 筆者は独自の取材により、確かな筋からデッセンの参騎はリポック兄弟のどちらかだという情報を得た。これは噂話として他紙にも紹介されているので、読者諸君も御存じかもしれない。リポック兄弟と言えば、最年少でマイラを叙勲したアルハイム大陸が誇る天才工匠である。デッセンにしてみれば彼ら以上にクーダムに対する貢献を主張できる人材はなく、ある意味この決定は当然のものと言える。
 しかし、リポック兄弟のどちらが参騎となるのか。
 実はこれについても筆者は答えを用意している。それは兄のグレイ・リポックである。
 理由は簡単で、一つは弟のガル・リポックの年齢が騎士となるには若干足りないためである。ガル・リポックは十四歳で、体格も小柄である。将来の爵位を約束された貴族の息子が誕生日祝い代わりにライト位を得るのでさえ早くて十五、六歳であるから、剣を握ったこともない十四歳をいきなり騎士に叙すとは考えにくい。
 もう一つの理由はマイラに叙されたのが兄のグレイではなく弟のガルであるという点である。ガルが参騎となった場合、ライト位に叙されればマイラは手放さなければならなくなる。マイラはライト位と同じく準貴族扱いで世襲もできないが、叙された人間の数から言ってライト位とは貴重度がけた違いだ。ましてや技術者肌のデッセンの人間はマイラという称号に誇りを持っているため、引き換えにライト位はもちろん伯爵に叙すといわれてもマイラの方を選ぶだろう。従ってガルが参騎になるという選択肢はあり得ないのである。
 では、兄のグレイとはどのような人物であろうか。
 年齢は二十三歳、弟とは少し年の離れた兄である。弟は年の割に小柄だが、グレイの方は平均的な体格である。彼らを知るデッセンの技術者仲間によれば、「頭は切れるが性格は弟の方が良い」「冷静、冷めている」「皮肉屋」とのことだが、多くの女性が「最初から愛されていないのはわかっていた」と言いながらもうっとりとグレイのことを語るのには驚かされた。クーダムの淑女諸嬢は是非気をつけていただきたいものである。

(J・ランブレー)

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