12. 参騎配属検討会議

 最後に入室してきたニルスが派手な欠伸を隠しもせずに着席すると、議長席のヴェストが痺れを切らしたように口を開いた。
「時間がない。前置きは省略して本題に入ろう。本日参内した参騎たちの配属についてだ」
 ヴェストの後ろにはユーベルが一段高いところに座っている。官達は夕方からの叙任式と晩餐会でユーベルに倒れられては困るので、ユーベルが会議に現れると一斉に追い返そうとしたのだが、結局「言いたいことがあるから帰らない」と言い張るユーベルに押し切られた。
「配置申請の用紙は既に記入済みと思う。人員の配置を希望する者は順に内容を説明せよ。ただし簡潔にだ」
 席が端のものから順に希望する人員とその理由を述べていった。会議に出席していたのは軍高官を中心とした二十名ほどだったが、参騎を自分の毅下に欲しいという者はその中の半分にも満たなかった。どの部隊も人手不足には違いなかったが、下手に腕に覚えのある者など急に組織の中へ組み込もうとしても上手くいかないのは目に見えていたからだ。それでも配置申請を出すのは、そんなことを言っていられないほどの深刻な戦力不足に悩んでいるか、組織戦略にきちんと沿った参騎を見つけられた所だけだ。
「デッセンのリポックは練兵本部がもらう。文句ないな」
 練兵本部長ザルツァ卿の言葉に、部屋はざわめいた。グレイ・リポックを欲しいわけではない。
「……よいのか、工兵総監」
 誰もがグレイは工兵部に配置されるものと疑ってもいなかったのだ。練兵本部長の言葉に眉一つ動かさない工兵総監に、皆が首をかしげた。
「かまわん」
 工兵総監は腕を組んだまま、手元の書類を睨んでいた。
「あのような若造、ザルツァに揉まれて一度クタクタになればよいのだ」
 無表情とは裏腹に苦々しい声に、ザルツァが笑った。
「任せろ。あやつにはとっておきの罰ゲームを考えておる。な、紫の」
「紫巾隊を罰ゲーム呼ばわりとは失礼極まりない」
 憮然とした表情で答えたのは紫巾隊長のヴェンクハイム卿だ。ヴェンクハイムは静かに席を立つと、場を見渡した。
「グレイ・リポックは練兵本部の所属とし、当面紫巾隊で借り受ける。本人曰く、『剣は振るうものではなく、鍛えるもの』とのことなのでな。皇軍では信条にそぐわぬだろう。巡査業務でもさせてやる」
 グレイは謁見の後、ユーベルから直接配置についての希望を聞かれていた。弟のガルと同じ組織にいたほうがなにかとやりやすいだろうという配慮からだ。グレイ自身は参騎としてクーダムに来ている以上、他の参騎と待遇に差があってはまずいのだが、ガルは違う。ユーベルはこの配慮はあくまでガルに対してなのだと主張した。だが、当のグレイ本人は『剣は振るうものではなく、鍛えるもの』と言い放ち、参騎として参内しておきながら武官として戦に出る気をまったく見せなかった。当然、その場にいた軍高官たちの反感はグレイが気前よく買い占める形となった。
 クーダムから叩きだせと頭に血を昇らせる彼らに、それまで静かに官達の言葉に耳を傾けていたユーベルが口を挟んだ。
「リポック兄弟がクーダムに来てくれることがあったら、兵器や工作機械の開発以外に是非ともやっていただきたいと思っていたことがあるんです」
 ほかならぬ皇帝の言葉に、軍高官たちはグレイへの悪口雑言を一旦引っ込めた。
「やらせたいこと、ですか」
 ヴェンクハイムは意味ありげにユーベルを盗み見た。
「ザルツァ殿も以前おっしゃっていたではありませんか。対空砲や銃などの強力な武器を兵に持たせても錬度が低くて性能を生かしきれないと。その上クーダムにはそれを教えることができるものも少ない」
「それをリポックにやらせようというのですか」
「グレイは設計者ですよ。どのように使えばもっとも効果的か、彼以上に知る者はいません」
 紫巾隊長は肩を竦めた。
「まさか本当にザルツァの言う通りとは。――陛下、そのためにリポックを練兵本部に所属させております」
 ユーベルが視線を上げ、ヴェンクハイムに向けたのと同時に、それまで一言も発さなかったニルスがどかり、と椅子の背に体重を預けて腕を組んだ。
「だがなぁ、俺はリポックって奴に会ってないが、そんなに生意気な奴なら練兵本部で指南役に加えたところで、効果のほどは高がしれてるだろう。前に何だったかいう、兵法家を招聘したときのことを忘れたのか? 兵は実戦を知らない奴をなめてかかる。そんな若造の言うことを聞くとは思えないな」
 ザルツァはしかめ面で頷いた。
「うむ。あやつの性格の悪さはどうしようもないとして、あとは兵たちがリポックの名に多少なりともビビってくれるのを期待するのみだな」
「だとしても、正規の任官試験を通ってもらうのは最低条件です」
「参騎は市国の騎士団にいたものも含めて全員任官試験を受けさせるのだろう?」
「市国の騎士と皇家の騎士とでは格が違う。当然だろう」
「しかし、リポックが落第しては意味がない。ちゃんと受かるように方策を考えねばな」
「人手不足を補うために参騎を召集したのに、逆に手間が増えているような気がするのは気のせいか?」
「奇遇だな、私もそんな気がしてならなかった」
「とはいえ、今の人数のままやっていけるとも思っていないのだろう? 多少の初期投資は覚悟せねば」
「特にエリジアン降誕祭の式典や恩赦を控えて、紫巾隊や近衛はいくら人手があっても余るということがない状態だろう。多少いわくがついていようが人を取らざるを得まい」
 ニルスは大仰に頷いて見せた。
「確かに人数的に余りはしないがな。俺みたいに投げやりな外見の奴ばかり集まっても近衛なんだかチンピラ集団なんだか分らなくなっちまう。その上陛下の一番近くをお守りするんだから、腕も立たなきゃ駄目だ。誰でもいいってわけにはいかないさ」
「じゃあ、近衛は誰をとるんだ?」
 申請書を卓の中央に投げ、ニルスは胸を張った。
「俺はリティヒの参騎をもらうぞ。えーと、ラングっつったか」
「……」
 気まずい沈黙が場を支配した。
 誰もが内心、多少いわくがついているどころかいわくが服を着て歩いているリティヒの参騎をどこの部隊に押しつけようかと悩んでいたのだ。ニルスの申し出は願ったりかなったりの筈だった。……彼の部隊が近衛連隊でさえなければ。
「色はともかく造作そのものは不細工というわけではないが……」
「腕もまあ、そこそこのようだし……」
「だからといってよりによって近衛というのは……」
 ニルスにとって彼らの反応は意外なものだった。
「なんだ、お前たち。不細工ではないって。伝説の翼種ばりの美貌なんじゃないのかよ?」
 ニルスを除いた場の全員が顔を見合わせ、口をつぐむ。ようやく皆が沈黙に耐えかね始めたころ、ユーベルがクスクスと笑いを漏らし始めた。一気に緩んだ空気に皆が安堵のため息を漏らす。
「いいんじゃないですか? 謁見のときの様子では、よい人のようでしたし、ヴェストもイーリヒトかもしれない人を下手に目の届かないところに置くよりは近衛にいてもらった方が安心でしょう」
 笑いながら言うユーベルにヴェストは眉間にしわを寄せて頷いた。
「……まあ、一理ありますね」
「はあ? イーリヒト?」
 いかつい顔を素っ頓狂にゆがめるニルスにユーベルは心から愉快そうに笑い続けた。

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